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一癖創作自転車家 狸サイクル 西東京 青梅街道 新青梅街道 伏見通り

ロード・ピスト系自転車に興味のある人。買い方乗り方が分からないという人。持っている自転車を改造してみたいという人。自転車のイベントに参加したいと思っている人。ご来店お待ちしています!

今年は会場違うよ!ハンドメイドバイシクル展



 もうその時期か・・・・?というより、今年は遅いだろう、例年一月じゃなかったかい?

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 そう、ハンドメイドバイシクル展が今年も開かれます。毎年科学技術館だっけ?武道館の近くだったよね、ところが今年は会場が変わったらしいので、気をつけて!

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 東京流通センターです、第一展示場、全く違うところです。大田区の平和島の方ですから、勘違いしないでください!

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 入場無料で、約一週間後、二月の23、24の土日となっている。これも間違わないように。

 これはその名の通り、ビルダーさん達の祭典だ。なので、メカニック系の店主らの出る幕ではない・・・。

 となると、出展は?

 そう、柳サイクルさんが、こちらに今年も出展することになります。

 尋ねてみると、今回は三台出展するといいます、その内の一台をちょっと遠目でご紹介しちゃおうかな?

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 まあ、ロゴですね、柳サイクルさんです、当たり前・・・。

 日々パイプに火を入れて、フレーム製作、修理、加工、等に勤しんでいる柳さんでありますが、徐々にですが、忙しくなってきているようですね。あらゆること、小さいこと、細かいことから、でかいことまで、縦横に対応するんで、その認知度が高まってきたんでしょうね。

 それと若者への浸透も図ってか、インスタグラムなどにも食指を伸ばしている、店主も大いに誘われているんですが・・・。

 そう、4000近い記事があってその数倍の写真があるんだから、そこからインスタに上げればいいだけ・・・とよくお誘いを受けます・・・頑張るか?老いては若に従え・・・?

 あと、彼は車体、フレームばかりを見ているのではなく、ビルダーでありながら、その自転車、フレームの背景まで、目配せをしている、こんな所も単細胞のフレームビルダーとは一線を画すんでありましょうな。

 そして、自ら乗る実践を通じて、自分のブランドのイメージの核となる車体を確立しつつある、未だ途上ながら、そうしたブランディングに磨きがかかりつつあるという所が、現状といえるんじゃないか?と思います。

 頼まれれば何でも作りますし、作れます。柳さんの技術はその地点には到達しています。でも、それじゃあ、他のビルダーと変わりない、どんな自転車を世に広めたいか?その背景、ソフトを含めて綿密に考案しては、フレームを設計し、自ら走り、また改良を通じて、徐々にポイントを絞っていっている感が、近くで働いていてヒシヒシと伝わってきますね。

 だから、お客が付いていくルのがわかる。お客は単にパイプの火を入れてフレームを作るだけのビルダーを求めてはいないということ、何かとてつもない発信力・発案力のあるところ、そしてそれらが作り出す奥行きのある世界・物語に感染して、それを信じて、彼に作ってもらいたいとなる・・・。

 今、兼業もしている身でありながら、ビルダー専門プラスαになるのも、そう遠くはないだろうと思いますな。発注が込み合って、半年先、一年先になる前に、彼の世界をのぞいてみるのはいかがかな?

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 当たり前だがヘッドバッチも柳さん。この小さい写真だけから、何が読み取れる、色つきケーブル・・・、アヘッド形式・・・、それにフロントキャリアのようなものが見える。ちなみにキャリア類も柳さんは自作する・・・。

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 縦に伸びる、まっすぐなシートチューブ・・・あたりまえか・・・。それとはちょいと対照的な、シートステー。ちなみに塗装は当店が協力させていただいた。

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 ここでは多少ぼかしますが、このシートステーのラインは柳ライン・・・と勝手に呼ばれている、彼の特徴の一つで、今回のラインは、今までのラインとはひと味異なるそうだ。

 詳細が知りたい方は、直接会場でおたずねください。

 と同時に、柳由来のフレームに乗っている若人達よ、当日会場集合!もちろん可能な子達はね、その足で、柳フレームのなんたるかを来場の皆さんに大いに語ってほしい。若い君がだよ!君が!

 柳サイクルは、今まであったビルダーよりも、これから勝負に出て行くビルダーなんだから・・・。

 ご来場お待ちしていますぜ!
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東京都!モタモタしないでタンデム解禁だろ!パラリンピック誘致してんだろう?



 ネット版の毎日新聞にこんな記事が掲載されていた。

 タンデム自転車の解禁が広がるという、記事である。それだけで小躍りしたくなる店主なのであるが・・・。

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 なんと2019年現在で、都道府県の約半分の23府県で、タンデム公道走行が解禁になっているというんだな。

 そこにはなんと、日本の第二の都市である大阪府もしっかり入っているではないか・・・。翻るに、この東京はどうか?

 東京都の交通安全の部署に電話で聞いてみたところ。

 東京都はまだ、タンデムの公道走行は禁止してる、という回答を得た。

 あの、パラリンピック誘致している都市でしょ?

 は、はい。色々ご意見もあるようですが・・・。

 いち早く解禁にしないと、恥ずかしいんじゃないですか?

 は、色々ご意見はいただきます・・・。

 まあ、こういう場合末端の役人に何言っても、彼らに権限などないので無駄なんでありましょう。

 で、おたくの部署が、決裁権を持っているの?

 いえ、詳細については調べますので、後ほどご連絡します・・・。と、丁寧であるには違いない。

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 確か隣の千葉でも解禁になったという。パラリンピックの公道練習には、千葉でやれってか?

 丁寧に返信が来た。どうも東京都公安委員会の「東京都道路交通規則十条」ってところでタンデムの禁止が規定されているということらしい。条例より下の規則だってよ。

 その理由の一つらしいが、東京都の自転車事故は全国でも多いということらしいんだな。

 でもそんなことは、対策とって、やろうと思えばできることでしょ?大阪ができて、なんで東京ができない?そんな理由ある?色々理屈を付けて禁止にしても、アベアキエみたいなのをたらし込んで、バイバス指令じゃないが、一足飛び展開なんかしたら、ちゃっかり明日から解禁になりましたとか言うんだろう?

 そのはなしには、電話の向こうで担当者がゲラゲラ笑っていたのが少し救いだった。

 そして、取り締まりの中心は警視庁なんで、庁内の交通相談コーナーに詳細は聞いてくれとのことだった。

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 早速電話してみる。まあ、大方話の大差などないのだが、あの大阪ができて、なんで東京ができないの?というこちらの質問には、ちょっと警視庁としてのプライドを刺激したようだったが、やはり交通事情と、自転車事故の多さが時期尚早という判断なんだと思うと、言っていた。

 とは言ってもね、パラリンピック誘致してんでしょ?あの大阪だってやっているんでしょ?ちょっとした努力義務でできないはずじゃないだろう、天下の東京が、警視庁が・・・・とまたプライドを刺激する。

 そして、あの元国会議員の自転車親父でこけたやつ、谷垣だっけ?あんなのを先頭に立てて、タンデム推進とかしたら、あんた達は乗らざるを得ないでしょ?といった瞬間、

 エエ、そうですね、そっちの方で法律作ってくれれば、動けますね・・・と。

 ここに役人でたり、と思ったね。つまり貴奴らは、自らはなにもしないのだ。自ら積極的に法律を変えて、仕事を増やすことなんてしようとはしない、サボタージュはあろうが、リスクのあることを自らが積極的にやる生き物ではない。

 そんなことしなくって、国家や自治体が赤字だって、給与は出て、ボーナスまでちゃっかりもらえんだから・・・。

 それが事の本質だ、そしてそれが決して悪いとばかりいうつもりはない。現行の法律を遵守する、それはそれで立派な職務なんだからな。

 こんな所からもわかる、役人が一文の得にもならないどころか、違法性の高いことを自ら積極的にやるはずがない。サボタージュの末、結果的に違法性の枠を超え出ることはあっても、積極的に改ざんなどに手を染めるわけがない・・・。それが役人の習性なんだから・・・。

 またよりによって、確定申告の時に、逆なでするような官の不正が明るみに出てきちゃったね。昨年は、佐川とかいう、改ざん野郎が国税局の局長となったにもかかわらず逃げ回って、結局やめていった。

 今年はまた基幹統計のごまかしが発覚した。その前に障害者雇用の水増しをほぼすべての官庁、自治体でやっていたことが発覚した、そして何のお咎めもなかった。中でも国税庁のそれが最も多かったらしいじゃないか?

 しかも、マイナンバーが当の国税から漏れていたともいう・・・。そんなんで指導とかできんのか?

 どうすんの?日本国よ?日本政府よ?


 せめて、パラリンピック誘致してんなら、モタモタしないでトットトタンデム解禁しろよ、東京都!

色盗り・・・



 その国の色って、何だろう?なんてどうでもいいことを考えたりもする。典型的なナショナルカラーというようなものは横置いておくとして・・・、その国の持っている典型色というか・・・、生活にすり込まれている色というか・・・。

 町並みといっても、アジア的な林立となると、どこの国にも違いは出ないかもしれないね。ガラスやメタリック素材、建材そのものだったりするわけで、そこにその国独自の色は出てこないね。そもそも近代建築にとって色って二の次三の次、なんじゃないかな?

 伝統的町並みというところに何かが現れたりすることはあろう・・・、ただそれは果たして今も生きている色なのか?それとも保存されている過去の遺物にすぎないものか・・・?

 この手の工芸の中にもその国の色、色使いなどが出ているともいえるかもしれない。実に鮮やかである。とはいえ、今冬の北京でこの手の色を日常の色としてい着こなしている人には、さすがにあわない。

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 黄色は元来皇帝の色なのだそうだ。

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 皇帝の色そのものもさることながら、その生地とその他の装飾品との色の使い方にセンスが見える気がするね。組み合わせというところかな?

 思いも寄らない組み合わせだったりすると、頭の後ろからポカン!と殴られたような衝撃がくる。

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 ちなみに中国での赤は、赤ではなく紅の方の字が使われるのだそうだ、もちろん赤も通じなくはないが一般的な赤は、紅なのだ。

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 この赤の地の使い方など、塗り師としては、色々考えさせられるものがある。しかし、鮮やかなり。よくハワイで一目惚れしたアロファシャツを購入したが、東京に持ってきたら着る気が失せたなんて話はよく聞くものだ。

 紫外線量の違いから現地ではよく見えたものが、東京ではトンチンカンに見えてしまような例。北海道の冬にコーラの赤い感は目には強すぎる・・・といったようなもんかな?

 しかし、このチャイナドレスに関しては、紫外線量など、ほぼ東京と同じなんじゃないか?そんな強さを感じてしまう。

 そう、強さというのが中国の色を象徴する言葉なのかもしれない、とも思う。強い色・・・。

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 ギョギョ!こんな組み合わせありか?これも後頭部ハンマードカン!系だったなあ・・・。ある意味これしか持っていないから、寒いし外に行くとき皇帝色のチャイナドレスの上にこいつを羽織りましたなら、ならまだわかるが・・・。

 この二枚の組み合わせとあえて合わせるとしたら・・・、これはどえらいセンスだ・・・。


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 ガラス越しで申し訳ないが、これ実際の肉眼で見ると、しばらくその強さに圧倒されます。

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 国の花である、ボタンでありましょうか。

 この後にもまた、一着お強い奴が控えている・・・。

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 写真とこの距離感だと、実際の持っている迫力からすると十分の一程度だな。でも、この写真だけでも詰まった重くて強い色とその組み合わせがわかるんじゃないか?音圧ならぬ、色圧とでもいおうか・・・と思う。

 これらがすぐに、自転車の塗りに影響するかどうかは別としても、敵は知っておくに越したことはない。こうした工芸に現れている色使いなどが、一体この国の何と一脈通じているのだろうか?

 まあ、今後の観察は大いに続くことになりそうだ。

 と、同じ階を斜に構える酒屋があったのでのぞいてみた。

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 昨年夏の驚異的集中豪雨でかなりの被害を受けたと聞いている酒造メーカーのものが置いてある。値段を見ると・・・、なんと普通じゃない・・・と一見思うよね。

 これ日本人はだまされてはいけません、中国の銭の単位である元は、ゲンとは読みません、当然向こうでは。ユアンと読むのでなんと銭の単位記号が日本の円=¥と同じなんであります。

 だから、最初レストランのメニューなどを見る際に、オオ円換算になっているの?だいぶ安い・・・と目がハートになった瞬間・・・、中国も同じ単位なんで、間違えちゃダメ、しかもなんと十七倍しないと・・・と。

 ちなみに台湾だと四倍で済むんだが・・・、単位が違うので、比較できないが。

 ツーことは・・・この獺祭の二千円弱のお値段は・・・?

 そう・・・とんでもないお値段ということになるんです・・・。とはいえ、店主の子供の頃の洋酒の高額さといったら、それはもう今からでは信じられない値段が付いていたことを思い出しますね・・・。

 今では二束三文の感がある、ジョニ赤、ジョニ黒なんて、五千と一万でしたからねえ・・・。

 まあ獺祭が高いのはそれ以外の他の要因もあるんだろうが・・・。とはいえ、庶民の飲むビールは一缶百円しないものもあるし、公共交通機関が安いし、行くとこ行けば食べ物だって、この値段でこの量?というとこもいっぱいある。

 まあ、REの入っているケリーセンターというところが、だいぶ変わっている所なんだと思うけどなあ・・・。あまり色気を出しすぎず、次の展開・・・なんか考えるのもいい時期かもしれない・・・、などとも夢想してみたりする・・・。

北京的休日 その2

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 今回の一つの目的地は、西二環路にある魯迅博物館なのであった。魯迅といえば・・・、
今を去る六年前彼の傑作「阿Q正伝」について、本ブログ内で触れたことがあった。

 元々は中学二年の時、これも名作「故郷」を教科書で読んで依頼、常に念頭にあった作家であった。その鋭い慧眼には瞠目するところ、この年にしてより深くなる。通常は逆の場合が多い、若い頃心酔した作家を後に読んでみると、一体どこに打たれたものやら・・・?とおもうこと暫し。

 ただ、中上健次は若気に心酔した作家の一人であったが、こいつはちょっと別格だ。彼の著作を手に持つと、催眠にかかったように、書を開けなくなる、ロックがかかったように。

 もう何度目の北京かわからなくなったが、万里の長城や故宮博物館は見なくとも、ここだけは訪れないと・・・ということで。サイクリング方々行って見たんだが・・・。

 簡単な道のはずにして迷ってしまった。西二環路の丁度真ん中あたり。手前はデカイビル群の金融街。ちょいと途中に、背の低いフートンと呼ばれる、北京の旧市街そのままの場所がある。その向こうにはまたデカイビル群の金融街・・・。

 状況的には、このフートン内なんだろうと見当は付くが、どこにもらしき看板や道しるべがないときている。

 もしかしてまちがった?いや間違えづらいほどの単純な場所のはずなのに・・・。

 自転車片手に、往来を行ったり来たり、らしき立て札を探しながら・・・・。

 半分諦めかけたとき、一人の自転車乗っているおじいさんが、店主の自転車を見て中国語で褒めてくれているようだ・・・。

 薄笑いを浮かべつつ超初級会話でもって、「中国語うまく話せません」という。なんだ、そうか・・・という顔した瞬間に、そうだこの人に聞いてみよう・・・と、魯迅の中国読みLu Xun と発音して、手でものを書く振りをして相手に伝えたんだが、ぽかーんとしている。

 発音は練習したはずなんだが、何度言っても通じない、「阿Q、阿Q」と言ってもポカーン・・・。その内、助太刀のおばちゃんが現れて、アア、それならこの道まっすぐ行ったとこだよ、と指示された。

 完全に店主の発音がダメだったらしい。例えば外国人に「ソーソク、ソーソク、ネコ、ネコ、ココロ」と言われて、夏目漱石ねとわかる人はいないとの同じだろうなあ・・・とあとで苦笑した。

 そんなこんなで博物館の前に立ったときはちょっと感動・・・。

 入り口で身分証明書ということで旅券を渡す、いちいち面倒だなあ・・・と思っていると、なんと料金取らないで中へ入れてくれた。

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 先生が鎮座しておられる。そう、各時代使用していた机の展示もあったね、ぬくもりがある。
 
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 最初は東北大学の医学生として留学したとある、このとき世話になった先生の思い出も小説・・・・随筆に残している。

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 カジュアルな魯迅、初めて見た・・・。

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 店主と同じ年の魯迅、この時代の人の割には若い。

 そして、この展示の最終段階には彼の死の一週間だったか、その前から、カウントダウンのように、綴られているところか。


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 これが死の1日前の手紙、日本の友人内山完造にあてたとある。享年56才。

 博物館の敷地内には、生前の住居がほぼそのまま保存されていた。周りのフートンそのもの、

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 いつも思うのが、異国ながらなぜ、懐かしいのやら・・・。かつて早朝に漢詩紀行という番組があったが、場面によっては食い入るようにみたものだ。

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あの時は動乱期で今は平常・安定期・・・というのは現代人の不遜なのかもしれない。

この国は本当に平和なのか?平和に見えるだけなのか?それとも平和なところしか見ていないのではないか?一見の平和に動乱の匂いをかぎ取り、その元が単純で煽られやすく、無知であることを恥じようともしない大衆なるものが淵源で、「だからお前らダメなんだ!」という一括は、海を越えて遠くこの国にも十分に到達しうる。

今の政治家など、そのほとんどが無自覚な阿Qではないか・・・。

 と、重い気持ちを背負いつつ、博物館をあとにする。

 西二環路から、北二環路を通って、三元橋を抜けて、四元橋、五元橋と、芸術開放地区で有名な草場地区というところにお邪魔する。

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 この日はサイクリングにはもってこいの日だったが、なんと川が凍っていた。しかも人がその上で遊べる位までの厚さだった。これには驚いたわ・・・。

 途中道にも迷った、郊外に行くと新興系の住宅が建ってきていると、その近くには取りつぶされたり、立ち退きを迫られたりする、古い北京のなれの果てのようなところが散見できる。

 これをセピア写真なんかで撮ったりすれば、二百年前・・・といってもわからない?かもしれないね。

 一度店主の地軸が狂ってしまい、そうした廃墟に迷い込んでしまった・・・。

 まだ集落の外枠だけがやんわりと残っている敷地があって、9割以上の建物が壊されているが、解体の途中・・・としか見えないような・・・、というのも外から家財道具などが丸見えで、この人逹ってまじでここで寝泊まりできてんの?というある種ドラマのセット状態になってる所に迷い込んでしまったのだ。

 更に驚いたことに、布団が沢山干されているその脇に、腸詰め、手のひら大の豚の三枚肉が大量に干されていたことである。どこかの店に納めるのか?それとも、自分たちの保存食か?住まいが半壊状態なのに、半壊状態だからか?保存食の確保に心血を注ぐのか?たくましいといえばたくましいが、それを理解できる土壌がまだ店主にはできていないということだろう。

 しかし、圧巻だったその光景だが、もちろん足早に通り過ぎなければヤバイ雰囲気もあったので、当然写真に収めることはできていない。

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 店主としては珍しく地軸が狂ってしまったため、アチコチ右往左往してしまい、それが結果的には楽しかったんだが、予定よりだいぶ遅れて、インギャラリーさんの所に着いた。

 困ったことにここでも話が一気に盛り上がり、外に出たときにはとっぷりと日は暮れていた。もちろんそんな予定がなかったので、ライトは不携帯・・・。幹線道路に出るまで、真っ暗な中を恐る恐る走って脱出したという感じ。中国では、無灯火がまだ取り締まりの対象外であるため、公安からちょっかい掛けられる心配はないが、まず幹線に出るまでは、正直怖かったわ・・・、道も悪いところあったしねえ・・・、パンクしても大悲劇だし・・・・。

 完成に入ると、一安心で、自転車道をまっすぐに東三環路目指して一気に駆け抜けた。

 まあ、色々あって、ネットもなぜか途切れたりと、まあ本当色々あって、長い一日であった・・・という、北京的休日でありました。

北京的休日 その1

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 映画のタイトルになりそうだな、北京の休日であります。英米圏から世界へ有名になったのがローマの休日、未だに不朽の名作で、欧州だけに要所は昔のままだけに、あの映画を手がかりに観光するっていうのもありかもしれない。

 まあ、実際のローマっ子からすると、すぐあの映画持ち出されて・・・迷惑だよ、もっと他にもいいとこあるし、あんな映画の前から、数千年この年は世界の中心でやってきたんだ・・・と思っている人もいるのかもしれないね。

 海外から注目されること自体は悪くはないようだが、どのような注目のされ方か?といことの事情はでかいよね。もう三十年くらい前の、東京を回るハトバスで花魁ツアーなんてものを作って、やり玉に挙がったことがあった。

 そんな東京なんか見せたかねーよ、という感じだろうね、性差別のまっただ中の負の遺産をあたかも絢爛豪華な伝統文化のように誤解されたくはない・・・、いろんな言い分があるだろうね。

 多分実際に聞いたことはないが、ローマの休日の是非は殊に、あの映画にのらなかった地域なんかも含めて、色々あるんだろうねえ・・・、それでも、こうした象徴的な映画の力はすごいものがあるんで有りましょうな。

 東京の休日なんていう題で映画作ってみると、一体どんな切り口で東京を描いていくんだろうか?どこ見せるんだろう?・・・、ご当地の名前を冠に「○○の休日」っていうのを作ったら・・・、その地域の特色が出るんだろうか?それとも似たり寄ったりのものになるんでしょうか?さあ・・・。

 ということで、北京の休日であります。

 実はこの前日までが、最悪だったのだ。その夜までが、まあ、つかめるような低位置まで、pm系のスモッグが下りてきて、かつ霧も含んで、どんよりした空気が重ーく北京の町を覆っていた。

 明日はやめた方がいいかもしれませんねえ、と地元の人にも言われたくらいだ。そうなら、ちょっと予定変えるかな?それとも地下鉄オンリーで行くか?でもせっかくなのにもったいない・・・。

 と思って明けた朝が、これだ。ピーカン、蒼穹の空になっていた、一体あのスモッグはどこへ行ったんだ?しかし、ウーン、アレはまあかなり深刻だろうと思うね、車が汚いんだ、北京の車はまあ汚い・・・。乾燥しているんで、埃がすごいというのもあるが、スモッグのある日は、みんなマスク・・・。

 ここは変えないとなあ・・・。

 ということで、自転車も大活躍できる方法へ持っていくと同時に、国の方も、ちょっとした大規模の遷都計画があるようだ。すでに北京の町は二千万人を超え、一つの都市としては、人口過多で、アチコチでその矛盾が出ているということだ。

 なので、早々に、郊外の国営企業から引っ越しを始め、政治の中心的な機能は北京に残しながらも、分散できる機能は、天津とかもう少し近いところに移し、三角形でうまくやっていこうというところで動いてるらしい。上がやる!といえば、ことが早い、冬期の北京オリンピックまでにまた、何らかの具体的な動きがあるんじゃないか?

 ということで、前日まで、マスク三枚重ねを覚悟した店主は意気揚々と、レンタル自転車を用意した。

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 当店のオリジナルフレームからできてるREバイクなんで、走りはばっちり。こいつで北京の休日をちょいとサイクリングとしゃれていこう。

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 走ってすぐにわかるのが、北京市には自転車道がほぼ完全に・・・、整備されているといっていい。もう車道扱いなもんで、歩道を走っている人はほとんどいない。車の運転も粗め、歩行者も粗め、相互の傍若無人が成り立っているので、その流れをつかむと、意外と走りやすいかもなあ、しかも自転車道があって、写真にもあるように囲いがされているところもあるので、かなり快適に走れる、といっていいね。

 これもアア、スモッグがなければ・・・の話なんだが・・・。

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 走っていると、あちこちに、こうした兵隊・・・や武装警官が立っているのが目に付く。どうも春節前に、都市の警備を強めているようだね、ちょいと物々しい。

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 北京の自転車道に話を戻すと、自転車道はそもそもの道の幅によってどうも割合が決まっているようなのだ。なので、どこへ行っても一律ではなく、広い道では、自転車道もこのように広くなる。

 これじゃあ、どこまで広いのかわからないか?ではギリギリまで外に立ったところから、内側を見てみよう。

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 幅二十メートルはありそうな、自転車道だ。これはある意味使わない手はないだろう、だから自転車普及なのだ・・・。

 まあ、でもこの道は異常に広すぎる・・・、というのも、

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 こいつの並びなもんで、国家の威信を賭けて、立派に見せようとするのは、理解できないわけではない・・・が、まあ土地が広いんだね、その一言に尽きるわ。

 日本の江戸城周りでそんなことやったら・・・日比谷はなくなるな・・・。

 なので、特別とはいえ・・・、

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 これが自転車専用の地下道、デカイ道が横切る下を通っているが・・・、まあここも国家の威信の賜かもしれない。

 ということで、問題はなくはないが、基本として、北京は自転車で走るには、空間の確保がされている、といっていいだろう。東京のような車と自転車一緒くたになるようなところはきわめて少ない・・・、だからといって安全かというと、北京は北京の交通の文法を学ばないと、危ない思いをすることもある・・・だいぶ・・・ということは付け加えておこう。

 まあ、近くにいる一番傍若無人そうな人の後ろに直づけして、足を合わせること・・・かもしれないね。こちらもある意味くんなら来い!的な勢いがないと駆け引きができない・・・、そういう意味で、流れを見て、タイミングを見計らって、肩を入れるて、走りきる・・・というのが北京的走りの基本・・・といえるかもしれないね。

 そういう意味で、観光用の自転車レンタルというようなのも仕事になるかもなあ・・・と思ったりもした。まあ、アイデアは持っていて邪魔になるものではないので、そのタイミングが来るまで暖めておこう・・・。

 さて、北京の交通サーフィンをしてどこへ行ったか・・・、は次回に回そう・・・。

 フムフム 

プロフィール

狸サイクル 店主 遠山健

Author:狸サイクル 店主 遠山健
狸サイクルと書きまして、リサイクルと読みます。
中古フレームは化かしますが、お客は化かしません。自転車提供を始めて17年。
今までは口コミ中心でしたが、今後はこうしたメディアを利用しながら、求められるところを彷徨していきます。

 店の所在
〒202-0014
東京都西東京市富士町6-6-13
TEL・fax042-445-0487
携帯070-5083-6962
アドレス to.ke@mx1.ttcn.ne.jp

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