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一癖創作自転車家 狸サイクル 西東京 青梅街道 新青梅街道 伏見通り

ロード・ピスト系自転車に興味のある人。買い方乗り方が分からないという人。持っている自転車を改造してみたいという人。自転車のイベントに参加したいと思っている人。ご来店お待ちしています!

守る神

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 またそのペール缶がいっぱいになった頃、来るよ。と、当店から出る金属系のリサイクル品を持って行ってくれた。

 三年前引っ越ししたてで、まだ右も左もわからないこの西東京で、最初に声を掛けてくれた業者さんだったかもしれない。

 いやね、あんたが来る前の設備屋さんか、そこがお得意さんだったのよ。それが移動しちゃってね、でも癖のある建物だから、また他の業者さんが来ると思ってきたんだけどね・・・、お宅は何だ?自転車屋か?

 そう・・・ですね、まあ、自転車屋です。

 この辺回っているんで、なんか出たら連絡してきてよ。

 渡りに船とはこのことだ。自転車屋をやっていれば、金属系のゴミ類はどうしても出る。杉並時代には近所に足立さんという業者さんがいて、そこに持って行くのが常だったが、この辺でそんなところはあるのか?仕事が始まると、すぐに金属系のものは出る、この行き場を確保しないと、また大変だ・・・・と思っていた矢先だったのだ。

 通る人もうらやむくらいの大量のペール缶を置いていく。そこに二、三ヶ月ぐらいか?してたまった頃に、ペール缶の交換に来る。

 軽トラにあがって、こちらが差し出すペール缶を受け取っては、自分なりの決めた位置に持って行く、アルミものは特に大事に、専用の場所に置く。アルミと分ける磁石も持参。

 一通り終わると、最初の頃は立ち話だったかな?しばらく話していたっけね。

 その内、肺の調子があまりよくないから、座っていいかい?と、いすに腰掛けては、またいろんな話をしてくれた。

 長い間少年野球の審判員をやっていた、なんて話は面白かった。どうりで・・・、普通のじっちゃんじゃないと思っていたんだ。時に目が鋭い、こもってはいるが腹から出る声、こういうものは一朝一夕で形成されるものではない。

 アッシャね、95年に選手を集めてこう言ったんですよ。これから私の裁く試合では、ホームプレートの左右、ボール一個分までストライクゾーンとしてカウントするからね、といったんだな。

 というのはさ、当時野茂がメジャーリーグに行ったでしょ?日本の多くがこぞってメジャーの試合を見たわけだ。そして、あまりの違いに結構驚いたことあったじゃない。その一つに向こうのストライクゾーンの広さだよ、エエ、あんな外の玉取るのか?と思ったよ。

 でもね、日本人とは体のでかさが違う、腕や足の長さが違う、だから次第にそうなっていったんだろうと思ったんだが。いや、最初は驚いたよ。

 そこで私は思ったんだ、これからの主流はどうしてもメジャーリーグが基準になっていくだろう。実際ストライクボールのカウントも、今メジャー流にボールを先に言うだろう?どうせそうなるだろうと思っていたんだ、だから、いち早く、広いストライクゾーンに子供の頃から慣れさせていくために、アッシャね、子供達の前でそう宣言したんですよ。

 普段は仕事着、ぼろぼろの前掛けに、つばの曲がった帽子をかぶっていた旦那だったが、その話を聞きながら、あの、つばの小さめの審判特有の帽子、紺のズボンに、厚手の薄いブルーのシャツ、ポケットにカウンターを入れて、面をかぶって、プロテクターであごの下を隠してから、しっかりかがんで「プレイ!」と太く短い声が発せられる様を想像した。

 やはりただ者ではなかった・・・。

 店主が、かつて専門学校に勤めていたとき、なんと部活の担当が野球部になってしまった・・・。最初は面倒で仕方なかったが、いろんな学校の先生と知り合えるというのは、今思えば非常に貴重な経験だった。

 特に服部調理の先生には食いついて、いろんな技のコツなどを聞き出していた・・・。

 夏の大会は二百校の参加で、ちょっとしたものだった。決勝戦は東京ドームまで借り込む気合いの入れよう。ただ、最初の消化させる試合は過酷だった。あらゆる河川敷を借り切って、一時間半の中で7イニングを消化させるのは大変だった。

 審判団も独立した形で頼んでいた。消化していく試合には、一試合に審判は二人しか付かない。主審と塁審のみ、ゲームが動いて、ランナーが複数走る際には、サッカーの審判のごとくに、学生と一緒に走っては、アウト!セーフ!と大変だ。

 それも炎天下で・・・。年も高齢な方々もいたなあ。

 店主らは役員として、試合に張り付くが、事務的な判断だけでなく、弁当と飲料の管理や、グランド整備のような肉体労働などもこなす、まあ泥だらけで大変なんだが、いい思い出にもなったな。

 最初の内へたくそだったグランド整備も、審判団やベテランの先生から習いつつ、かなり一端になっていく。忘れもしない光景があった。

 このマウンドは変形がすごいなあ・・・といっては、自分の車に戻ってスコップを持ってきたN本さん。まさかマイスコップかよ・・・とそれだけでも驚いたんだが・・・。せっせと泥を移動して再成形して、こちらも水まきなどを手伝って、段々きれいなマウンドに仕上がっていく。

 さすが、うまいなあ・・と思って見ていると。一通りできあがったマウンド周り、その前後を最後踏み固めては、満足そうに一瞥すると、ピッチャーのプレートにこびりついていた、ぬれた泥を何の躊躇もすることなく、素手でするっとぬぐったのだった。下から真っ白なプレートが炎天の光を反射し、一瞬蛍光灯のように光る。

 彼は、よし!とうなずいて、マウンドから降りて、今度は主審の装備を身につけ試合に臨んでいったのだった・・・。

 一定の大人になれば、手が汚れる、ぬれた泥をぬぐう動作に躊躇しないものはほぼいないだろう。それなのに、彼は全く躊躇することなしに、それをやってののけたのである。

 95年頃、野茂のメジャーリーグデビューで、世の中はわき上がっていた頃だったが・・・、いやいや、こういうN本さんの、聖人のような人が、実は野球というものの根幹を静かに支えているんだ・・・という瞬間を目撃したわけだ。

 紛れもなくこのじっちゃんも、少年野球を毅然と信念を持って裁いてきた、野球の守り神の一人だったんだろう、と思う。そして、当店の守り神でもあった。

 かつてはボイラーの技師だった話、若い頃は人一倍の力持ちだったこと、興味深い話は底を尽きなかった。

 これからはせがれ達が中心でやっていく、と弱った肺をかばうように、軽トラを運転して行かれたのが、最後だった。

 弔意のお返しに、いただきました。

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 当店関連の方々と、謹んで献杯させていただきます。

 合掌
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プロフィール

狸サイクル 店主 遠山健

Author:狸サイクル 店主 遠山健
狸サイクルと書きまして、リサイクルと読みます。
中古フレームは化かしますが、お客は化かしません。自転車提供を始めて17年。
今までは口コミ中心でしたが、今後はこうしたメディアを利用しながら、求められるところを彷徨していきます。

 店の所在
〒202-0014
東京都西東京市富士町6-6-13
TEL・fax042-445-0487
携帯070-5083-6962
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